クラゲフラグメント

人生の意味がわかってたまるかと思っていた頃の自分へ

心配されるのがいや - 76日目の午後

何度目かのカウンセリングに行ってきました。大学の保健室の、無料のやつなんだけど、精神科の先生にも聞いてもらえるの。

気づいてなかったけどめちゃくちゃ疲れていたみたいで、部屋に入って口を開いたら、その場の思考がだーーっと口から出てきちゃって、それで分かったのは家族が足りてなくて今までやってなかった家事とかやったりしたり違う生活してることで思ってた以上に(昨日思った以上にも)疲れてるってことでした。

そういう、自分の状態とか気持ちに気づけるにはどうしたらいいんだろうね。まさか自分が自分の状態や気持ちに気づかないことがあるなんて、今までぴんとこなかった。ちょっと調子悪いとすぐ気にする、とか、すぐ報告する、とか(よくないという文脈で)言われてきたし、やだあ、とか、そんなの不当だ、というのはガンガン考えるのにね。以前の自分には功利主義の最大多数の最大幸福という考えを支持している部分があって、誰かがより幸せになれるなら自分が我慢するのもしょうがないし、文句を言って相手の幸せを削るべきではない、みたいな考えがあるのかもしれぬ。デモデモそんなの、一番早い解決方法が自分がやや犠牲になることだったら、面倒くさいから自分を切り売りしてしまうよ。そしてそれが積み重なっていきなり爆発するタイプです。そういうタイプってかかわる人からしたらはた迷惑だけど、私もそうなりたくてそうなってるわけではなく、だからできれば直したい、かなあ、うーん。どうやったら直るのか、直るとどうなるのか、ぜんぜんわからないな。でも少なくとも、誰かが調子が悪くなるまでの我慢をして別の誰かの幸福を支えるのはおかしいとおもうし、それで調子が悪くなるんだったら結局回復のためのコストが別にかかってしまって割高になってしまうから、その意味でも回避すべきなのでは、というのは受け入れられます。

それから、自分は思っていた以上に相手に気を遣ったり、自分のことをちゃんと伝えなかったりするようなのですが、それはなぜかというと、例えば「元気ですか」と聞かれたらふつう「元気です」と答えるもので、そこで元気じゃないと言っても望まない展開にしかならない、という経験からついコミュニケーションが大変すぎて、元気でなくても「元気です」と言ってしまう傾向があるせいだと思います。なんか、相手の持ってる常識に逆らえないところがある。あと、心配されるのが苦手です。私のことで相手がネガティブな気持ちになるという無駄が起きたり、心配するというある意味エネルギーの無駄遣いを起こさせることが苦手だし、心配されると、心配していただいただけでありがたいという気持ちになり、相手の嫌な気分を維持させないためにも、その好意に応えるためにも、できるだけ早く元気にならなくてはと思ってしまいます。それが高じて、心配されると元気にならなければいけないプレッシャーを感じるので心配されるのが苦手になる構図だと思います。

今書いた、そもそも「心配する」ということが相手にとって無駄だという発想は、そもそも自分が相手のことが心配できなかったからもあると思います。何か問題があると聞いても、それを解決する手伝いや話し合いはできますが、それについての情緒的な面で理解を寄せるというのは、長らくできませんでした。自分が感じることは多くの人としばしばずれていて理解ができないこともあったし、自分自身、感情というものを軽視していたために自分の感情にも気づきにくいところがあったと思います。私が「心配する」というとき、それは「わざわざ心配する姿勢を見せる」ことであってそれなりに疲れることでした。普通にしていれば精神面で影響も受けずに済みますが、姿勢を見せると心も従ってしまって、無駄に疲弊するのでそれも苦手でした。こう書いてみると、「心配してくれてありがたい」というのは、私にとって、そのようなコストをかける価値を私に感じてくれてありがたいというにほぼ等しかったようです。このあたりにおいて自分の問題点は、相手が自分と同じ摂理で生きていることしか想定していないこと、更に、そもそも心配すると言う行為を「無駄」と言い切っているところですね。

心配されて温かみを感じることもあるものです。本来心配とはそういう類のものだと思います。そして人の温かさに助けられることも大いにあるのです。留学して学んだのは、感情とか心の動きっていうのもばかにできないなーってことです。あと、思ったより他人は本当に自分と違う摂理で動いてるってことです(社会をうまくまわすためにみんなある程度の嘘をついてるんだとおもってた。まあ、それはある面では正しいのでしょうが、そのさじ加減が分からないのが私の困っているところです……。)

あと、最近新しい私について古い私が反発していて、こまる。

古い私にも何か書かせてみたらいいのかもしれません。