クラゲフラグメント

人生の意味がわかってたまるかと思っていた頃の自分へ

ウェブに公開しないこと - 77日目の午後

今日の作業に行き詰まったから、ブログを書いてみる。

全部書いてしまえという方向性と、それでも最低限書かないほうがいいことはあるという方向性と、隠し事はその存在自体隠せ、という聞きかじりの教訓が混ざりあってごちゃごちゃ。

まず、私はブログを始める前は本当にいろんなことを気にしていて、書こうとしてもとても遅かったし、恥ずかしいと思ったり、まだこのタイミングで使いたくないと出し惜しみしたり、ただ一般常識に照らし合わせると公開するのが憚られたり、そんな理由で書かないことがとてもたくさんあった。内容があって、人がたくさん集まる仕掛けがしてあって、注目されるような人気ブログをやってみたいとも思っていたし、その反面、読まれづらいようなところで細々とやっていても、少しでも変なことを書いたらあっという間に炎上してしまうのではないか、という恐れもあった。

そのあたりは、ちょうど個人情報などを広く公開して自分のことをどんどん正直に書いている坂爪圭吾さんのブログを読んだことで少し考えが変わった。また、今までネットではできるだけ身バレは避けたかったけれど(オフの知り合いにあの人だ、と分かるのはそれほど構わないが、オフでは知り合っていない人がネット上の情報だけを頼りに私をつきとめられるというのはとても嫌だった)、その一方、オランダに留学しているということをTwitterで何度か書いていたし(ヨーロッパはひとくくりにはできないという意味で、どこの国かを注釈したかったし、聞かれたことも何度かあった)、もう、そんなことを書きながら身バレはこわいと言うのは矛盾しているのではないかと思っていた。(ああー、ここは考え方がはっきり変わったな。こわいものはこわいし、こわがるのと行動は必ずしもリンクしないわけで。それがいいか悪いかにかかわらず。)それにインターネット上にはオフ会している人や、オフの自分の身分をある程度そんなに隠さずにアカウントをやっている人もけっこういて、あれ、ネットに自分の個人情報を書いたりネットで出会った知らない人と会ってはいけません、っていうのはもしかして守らない選択肢も普通にあるのかな? とうっすら思う瞬間が増えてきたのです。(もちろんクレカの番号やパスワードを晒さない、とか、素性が全く分からない危なそうな人には会わない、と状況によってまだまだルール守るべし一択のこともあるのは理解してます。)特に、オランダであった人はFacebookとかもだけどTwitterとかもガンガン本名アカウントで言いたいこと言ってるし、オンで知り合った人とも会ってるしで、私もそのうち、逆に身元がバレて何が困るの? みたいな質問が湧いてくるぐらいになり、少しでも個人情報になりうるものを書くときは、(見逃してくれますように)ではなく、もうそれでバレてもいいや、そいつは変な趣味だぐらいに覚悟キメるようになって、そういうスタンスも別にやっちゃいけないことじゃ全然ないぜと、もうすべては開き直りですね、開き直り。

面白いことがかけないとか、下手なものやバカなことを書いたら恥ずかしいんじゃないか、間違ったら炎上するんじゃないか、みたいなぐるぐるは、最初は下手で当たり前だし、失敗しても全然いいし、分からないことは助けてもらえばいいんだよ、みたいな欧米式常識(ざっくり)を思考に採用することにより、潰しました。もう、私がこういう状況に陥ってそこから始めてるのは事実でどうしようもないし、そうなったのはある意味その条件下において自然な流れで、私にはその状況をどうにかする能力が不足していた面もあるんですよ。あと、思想の自由と言論の自由。あと、もし私が本当にどーしようもない存在だったとして、今の日本の文化とか人間を研究する1データにはなるかなくらいの考えで。あと、自分の何が役に立つかは他人が決めることで、自分が決めることではあんまりないから。(ほかにも理由はあると思うんですが、とりあえず今ぱっと思いついたのはこんなとこです。)

 

それでブログを書いて、今のところ続いてるんですが、しかしやっぱり、いろんな理由でブログやTwitterなど公開の場に書かないほうがいいことってあるんですよ。あたりまえかもしれませんが。

まずさっきも書きましたが、クレジットカードの番号とか、パスワードとかはさすがに書けないですし(まあそんなのは書こうと思うタイミングもほとんどないですが)、あと地味に気になるのは、「おでかけなう」を見た人が泥棒に入るとかそういうやつ。行動パターンを分析されたら手も足も出ないという。

それから、自分のことはあっぴろげにしてもいいとしても、他人のプライベートはできるだけ開陳しないようにしています。どうしてもモヤモヤすることを吐き出すために情報として書いたりしてますが、それすらあまりにプライベートなことだと、非公開の場に移すようにしています。また、書く自由はある内容だったとしても、相手への不満や気になる点などは、相手と直接話す前に公開して相手が読んだら絶対にベストな伝え方ではないと思うので、関係を続けたい人なら、モヤモヤしたとしても非公開の場所で整理して、相手に伝えて話し合うかどうか、どのような方法でモヤモヤを解消するか吟味して、話し合うなら話し合って、それから場合によっては公開、といった感じですね。(私の場合、webで公開するのはただ単に整理と記録の意味もあり、だれでもアクセスできるサンプルデータをupしてる感覚でもあり、こいつを私と共にタコ殴ってくれみたいな気持ちのときはほぼないです。)

また、最近は、あまりにただの感情の吹き溜まりに溜まった愚痴みたいなものは、ブログで内省するならともかく、公開されたTwitterアカウントで生のまま吐き出すのはどうなのよ、みたいな考えにもなりつつあります。もちろん吐き出すことは必要だし、誰かに聞いてもらえれば一番なんらかの解決には近づくし、書くなって意味では決してない。でも、特にTwitterはTLに全部流れ込んでくるので、自分から目に入れるものを選べないし、それで本当に中身のない衝動的な愚痴を見せて、何か少しでもよくない影響を与えてしまうのは忍びないし、今はあんまりそういうのが多すぎる人は追えないし、それで誰かとオンで仲良くするのに支障が出てはもったいないなと思ったのと、ただただ感情を落ち着かせるために吐き出される内容のない愚痴って(さっき言ったこととは少し矛盾しますが)ほとんど何の役にも立たないなーと思うわけです。何かの役に立つとして、そういうことをしてる人はほかにもいろいろいるのでそちらにまかせて、私はやめとこうかなと思う次第です。ただ既存のシステムでオンラインに記録が残せるのは便利なので、非公開で自分だけが見る場を作ってそっちに書いてみたり……いろいろですね。

それから、やっぱりなるべくたくさんの人に読んでもらおうとしたら、ある程度内容の精査、選択は必要になるんだろうなあーと。こちらはもう別にそういうのはいいんですけど、誰かに何かを届けたいとか繋がりたいとかあったら、方向付けはたぶんある程度あったほうがよくて、それによって採用されずに落ちる部分というのは少なからずあるんだろうなと現時点では思ってます。まあ、こうやってできるだけありのまま書いていてもすべてを網羅して書くのは無理で、何かしら抜け落ちてるものですが。 

 

うーん、始めに書こうと思ったのとぜんぜん違う内容になったけどとりあえず時間もたったし今日はこれでいいや。

今日も今日とて頭脳作業にこもってしまって、ペースが落ちても抜け出せないまま、肉体は動かないままで時間を飛ばしてしまうので、もう少し物理的なこと、例えば運動とか家事とかしたいなあと思いながら今日も夕方でござんす。