クラゲフラグメント

人生の意味がわかってたまるかと思っていた頃の自分へ

のちの言語化による自覚から即座の自覚を目指す

お久しぶりです。

ちょっと思うところがあり、更新頻度を緩める実験に出てみました。

というのは、前に書いたいくつかの理由でここと別に非公開のブログを作って、そこに思考やその日の行動日記をまとめることにしたのですが、そちらもこちらも毎日更新するのはちょっと大変だなあ、それよりやりたいことがいろいろあるからそっちを優先したい、となり、潔くこちらの更新頻度を少し下げてみようと思ったのです。

最近はこちらのブログは書きたいことがいっぱいで選べず、書き始めると(比較的)どうでもいいことをだらだら書き記す傾向にあって、それはそれでひとりカウンセリングとして良い面もあったのですが、(安全上の理由などから)書けないこともあって結局片手落ちになり、なんだか時間がもったいないことになっていました。非公開ブログを作ったことで脳直ひとりカウンセリングな記事はそちらで書けるようになり、かといって書いてみたいと思っていた記事をこちらで毎日書くのは現状いますぐはできないと悟り、いったん更新ペースを落とすことにしました。

別にごくごく個人的な日記を書くこと自体は全然いいし、それもいろいろ考えての行動だったんですけど、今は次のフェーズに入ってみたいので。

 

またそもそも、毎日思ったことや感じたことを書いて気づいてひとりカウンセリングやるのはいいんですけど、理想としていつかはその場ですぐ自分の感じ方に気づいて、何かしら対応できるようにしていきたいので、いつまでもあとから公の場に書いて吐き出してても理想的な処理方法を学ぶところまで至れないやん? と思ったのもあります(自分の話です! 他の人はわかりません……)。

私はつい思うことと言うこと(書くこと)を一致させようとしてしまうので、言ったり書いたりしなくても、その場で自分の思ったことや感じたことに気づいて認めて消化する、ということができるようになるといいのかもしれないと思いました。なので、その一歩として、今までの「なんでも書いて消化する」というやり方から「(自分の中で消化して)選んで話す・書く」というやり方へシフトしてみることにしました。これはTwitterでも同様にやってみてます。今までは大体脳直で書いていましたが、内容をごくごく選ぶことにしました。どうしても脳直で書きたいときは非公開の場所に書くことにしました。

 

今まではとにかく気づけていなかったので、好きなようにしゃべって(書いて)あとから自覚するという作業をしていましたが、そこから、しゃべらなくても(書かなくても)その場ですぐ自覚できるようになって、必要な対応をすぐ自分でとって消化できるようになりたいです。

 

 

さて今週はとにかく家中を片づけていまして、散らかり屋敷が劇的にマシになりつつあります。私の部屋も最初に片付けたんですが、今はなぜかまた散らかってて(主に、一回横に避けておいたモノを引っ張り出して選定しているせい)、QOL低い感じがします。きついよォ……。やはり、引っ張り出すのはその日できる分だけにしておいたほうがいいです……。